戻る


平成20年
角川短歌新人賞応募歌


表題 世間は楽しい

 

1.      日常の些細なことを眺めればなべて世間は楽しく見える

2.      ドンドコドンドンドコドンと音たてて冬は山から下りてくるのだ

3.      いさぎよく転倒いたせば青空が我が目にはいり清々しきかな

4.      誰かそのお喋り男のその口に絆創膏など張ってくれぬか

5.      ありったけ声を張り上げ80ホーン記念のテッシュ貰って帰る

6.      杭のさき死んだトンボが止まりおり なんと見事な秋の夕暮れ

7.      とりあえず穴があったら覗き見るまこと性とは楽しきものよ

8.      暖冬で冬眠できぬ熊さんが町に出できて撃ち殺されにけり

9.      もともとは他人だった二人だが夫婦で暮らす不思議な世界

10. あさなさな愛しみ使う命あり日々石鹸はやせ衰えてゆく

11. しろたえの天の光を葉に受けて地中に伸びる白き大根

12. 伏せられて展示されおる梵鐘にこの役立たずの称号をやる

13. 陽を受けてサテンの窓の窓際で熟女なにやら話し込みおり

14. しろたえの豆腐一丁水のなか春の日差しに浮かびおりたり

15. 苦虫はいくら噛んでも噛み切れず酒と一緒に飲み下したり

16. 青空を見上げたときぞ白妙のパンツの型の雲いできたり

17. 青白き月夜の晩に行なわる石の祭りは音をたてない

18. かなしくもガラスでできたその壷はひそめる闇を持てずに立てり

19. 方丈の畳の上に座り込み無念無想で居るのは辛い

20. 今日ひとひ耳無き男になっちまい世間のしがらみ聞かずにおりぬ

21. 熟したる柿の3つぶは取り残し神に感謝の証とすべし

22. 防犯のカメラの下を通るとき役者気分でポーズをつくる

23. しきしまの大和心を歌うほど愛国心などなきやもしれず

24. あしびきの山鳥なんぞを捕まえて鍋にしつらえ酒飲んでおる

25. 一日中家の中より出ずおると卵の黄身になった気もする

26. みすずはる信濃の国のタラの芽を妹夫婦が送ってくれた

27. いましがた最期の一花おとさしめ花の本懐遂げてしまいき

28. いとこまき釣鐘状の花を付け狐の提灯(ばしょ)は咲いておりたり

29. 三角の窓より見ゆる街路樹は白き花咲き夏来たるらし

30. 風流な山人なりや森の中山ゆり一本刈のこしてあり

31. ゆっくりと化けの皮など脱ぎさって風呂に入って寝てしまいたり

32. 唇に赤く紅ひく女ありエロスの神が宿りたもうたり

33. 一服のタバコすいこ込み恍惚と空を見上げる女を見てる

34. こんなにもしどろもどろに成る程に酔ってしまえば天国である

35. 喧騒が過ぎ去りゆきし午後九時に桜は美(は)しく散り始めたり

36. 独り言呪文のごとくつぶやける道に坐したる男を見たり

37. 一瞬の華と知りつつ花火師の花は夜空に咲き誇りたり

38. 炎天に照らされ歩むその人の影には首が付いてなかった

39. なにかしら良いことしたる気持ちして己に褒美の酒を注ぎたり

40.    ほんのりと朱色に染まるその女(ひと)はお酒の神に惚れられにけり

41.    幼子のバブバブことば理解する若き母親(おんな)にカンパイいたす

42. 物なべて重さはあれどアメンボは水面の上を歩きおりたり

43. 春なれば桃には桃の花が咲きこの生業は変わることなし

44. あずさゆみ春一陣の風に乗り寄せ来るものは夜明けか知らず

45. 近頃はこやす馬すらいなくなり妻がこえゆく秋となりけり

46. 石ころも信じて祀れば神となり道行く人を見守りており

47. つまらんはつまらんはなど言いながら酒飲む男はつまらん男

48. 風邪引きの薬を飲めばほくほくと治ったような気になっており

49. ぬばたまの夜の帳の下りるころ庭のヒマワリさえざえ黄色

50. まったくに相性よしのこのコップ縁が欠けれど棄てきれずおる

今年も、箸にも棒にもかからなかったが、まずは応募できただけで、良かった事にする
来年もと言いたいが、もうそこまで来ている
来年も応募しようと思ってはいる