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18年度、歌人賞応募歌


表題  死亡記念日


我が村に死に逝く者が必ずに通り行きたる死者の道あり

かの家は死に逝く者の魂と添い寝するのを慣わしとせり

横たわる亡骸まえにわたくしは沈黙のほかする術もなし

熱気立つ我が子の骨に豊穣の五穀の種を撒き散らしけり

風吹けば悲しみ深きこの月は我が子が死んだ死亡記念日

死んだ子は帰らざりけり猫じゃらしじゃらして猫と遊んでおりぬ

ばあさんの命は強しぽっくりと九十六で逝ってしまいたり

ひととせに父と子供が死に逝かばどっかでふん切りつけねばなんね

おやじ殿供養のために酒なんぞ墓にかけずに飲んでしまえり

るいるいと並びたちおる墓石に丸石おかる家のありにき
(るいるいと墓石ならぶその中に丸石おかる家のありにき)

あの世すら天国に見ゆる人多しこの世捨てたるひと三万人

生き急ぎ死にいそぎおるそこの人もそっと生きて楽しみませんか

よわよわし光放てる蛍さえ一夜の恋に命を燃やす

意識なく布団の上で横たわる男に人の尊厳ありや

人間を休むとすればただ単に死んでゆくしか手はなかろうや

今宵また顔を持たざる者どもと闇に向かって会話するなり

真夜中にぼんやり灯る提灯に墨で書かれた伯父貴の名前

棺桶を覗いてみれば安らかに伯父貴は死での白装束よ

六文の銭を持たせて棺桶に銀の釘うち送り出したり

死に人にこの世の名残と朱の椀に箸一本たてて飯を盛る

妙隆寺和尚がくれし経文を神妙かおで読んでおりたり

名の知らぬ紫紺の花が咲くそばを野辺の送りが通りすぎゆく

さき逝きし人の悲しみ背負いつつ家路歩めば雨の降りくる

地上より消え去るときが来たなれば黙ってこの世おさらばいたす

死にたれば坊主に経のひとつなど上げてもらって逝かねばなんめ

このからだ出てゆくときは魂は見えざるゆえに行き方知れず

人はみな生きているゆえ人間(ひと)であり死んでしまえば猫とすっぽん

あの世とは住みよきものとみえるなり今だ帰りこし人を知らず

またひとり逝んでしもうた友のため楽しき挽歌うたっておるよ

提灯にがんがら掲げ遺影もちだらだら歩く野辺送りかな