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表題 縮図

こんなにも静かなときが流れては地獄の鬼も寝るしかなかろう
真っ白なシャツを引き裂き帆にたてて海に浮かぶは我やもしれず
日本の「日本国」の川原を母と我とが歩きゆきたり
わが友の愚痴を聞くのも辛きもの金があっても幸せならず
豊かさは心の中まで豊穣な花を咲かせてくれないのだよ
ありがたやこういう事が在るものか見知らぬ客が酒をついだり
便利さはここに極まり全自動洗濯機手放されざるなり
道端の草に咲きおる白き花この世の物にはまな色がある
貧しさを楽しみながら生きるほど我は人間できてはおらず
座りおる二尺四方の座布団が今の私の生き場所なのよ
他人(ひと)よりも大き耳もつ我なれど儲け話は聞こえてこない
支耶服を纏える人のもろ脚がちらりと見えて息をのみたり
おごそかに茶碗のへりに手をそえて今日のご飯に感謝をいたす
悲しさも感極まればやすやすと涙が流れてくるではないか
あまりのも悲しいことが多いので知らぬ振りして狂うてみるか
今日はまた周りに誰もおらぬゆえ赤い朝日をひとり占めせり
お財布に一万円札があるだけでこれも幸せの一部である
貧乏は暇がなきゆえ一年の(ひととせ)の365日働き通す
今年は初の日の出を見んだったゆとりなき身を悲しんでおり
果報とは寝て待つものと知りおるが今日くう米を稼ぎに出でぬ
世の中の金の流れは滞り我の元まで流れてこない
幸不幸言ってはみても日に三度めし食うほどの幸せなりき
わが前に物知りどもが大挙して語りきかせりいらぬことなど
いらぬこと知らずにおれば済むものを聞いてしまえば腹立つばかり
このように夜ともなれば寝てしまい今日という日は過ぎてゆくなり
春の日に南の窓を開け放ち我と猫とが昼寝しており
畔をゆく蛇と蛙とこの我が春の日差しを満喫してる
嘘ひとつついて心が安らげばそれはそれとてよしとするべし
この嘘があなたの心救うならこのままずっとつき通してる
幸せになると言われば富士の絵を毎日まいにち眺めて暮らす
三角の窓より中を窺えば暇なおやじが歌詠んでおる
戸を開けて「おひまですか」と声かけて互いのひまさに納得してる
人生の縮図とみればかくのごとベンチに座り夕日をみてる
頭の上の残り少ない髪の毛を秋の夜風が無常に吹きぬ
今宵また嘘と真のまざりおる御伽噺を語らんとせり
この世とのあの世の境にいるごとく真っ暗闇で何にも見えぬ
暗闇にひとり人座っておるだけでかくも優しく包んでくれる
「あなたなぞ」言われてみればこの世には何の未練もござ候や
服ひとつ買うてやれない我ゆえに毒つく言葉に耐えております
だれかれに見捨てられても影だけは離れられずに付いてくるのよ
ゆえしらずコトコトコトと大根が鍋の中にて笑い出したり
スリッパをペタペタペタと引きずって歩く音さえ我のものなり
ほろ苦き思いでひとつ瓶のなか息を吹き込み蓋をいたせり
十二月雪ふるなかで柿を食うかかる幸せお許しあれよ
一巻の終わりなのかと思ったよ雪わらに車が突っ込んだときは
しみじみと思い巡らす一年を良き悪しきも晦日になりぬ
キリストも恵比寿大黒ひとまとめ新年祝うよろしき国よ
庄内の生まれですよとほっかぶり鼻に引っかけ歩いていった
生きること死ぬことすらも幻と思えばこの世は花盛りなり
大根は強きものなり春の日に捨て山いっぱい花咲かせおり